「悪ィ、待たせたな」
着替えてくる。そう言って更衣室へと消えたマルコ先生は、スーツ姿で戻ってきました。
いや、さすがにね、あのつんつるてんのジャージ姿で通勤してるとは思ってなかったよ。けど、まさかスーツだとも思ってなかったよ……!!
しかも、あの……凄く似合ってます。とんでもないジャージ姿で見慣れてたから、物凄く新鮮です。つまりは、その……ちょっとやられました。
「リサ?」
「はひっ!?」
訝しげに覗き込んできたマルコ先生に驚いた所為か、私の口から奇声が飛び出る。キョトンと目を丸くしたマルコ先生はぶはっと噴き出して腹を抱えた。
「変な奴だねい」
「す、すみません……あの、名前どうして……?」
この人に教えた覚えはない。なのに何故知っているのだろう。尋ねれば、マルコ先生は「あぁ、ERRORが教えてくれたよい」と、ちょっと考えれば至極簡単に辿り着ける答えをくださった。
「毎日教えてくれるんだよい。『きのうのよるごはんはリサちゃんがつくったハンバーグだった』とか、一昨日は『リサちゃん、おさかなこがしちゃったんだよ』とか」
「………!!」
ERROR!!何て要らない情報を……!しかも魚焦がしたとか黙っといて頼むから!!恥ずかしくて仕方ない。マルコ先生が笑うから更に恥ずかしい。
「わ、忘れてください」
顔を見れないまま呟けば、先生はポンポンと私の頭を叩いて歩きだした。何て言うか、幼稚園児と同じ扱いを受けている気がする。そりゃ確かにまだ未成年だけど、一応ERRORの保護者としてお迎えしてるんだけど……。
先生の後に続いて園舎を出て駐車場へと向かう。どうやら車らしい。真っ黒のセダンに向かいながら手にあるキーのボタンを押せば、ピピッと小さな音と共に車のライトが二回光った。何でかよく分からないけど、大人だなーって思った。先生に促されて助手席の扉を開けると、ふわりと香る煙草の匂い。あ、この人煙草吸うんだ。
「お、おじゃましまーす……」
小さな声で断りをいれて車に乗り込めば、既に運転席に座ってシートベルトを装着した先生に笑われた。エンジンをつけると聞いたことのない洋楽が流れ出す。よく分からないけど、ブレーキとかも全然気にならないから運転が上手いんだろう。私も免許欲しいなぁ、なんて思ってると、ずっと黙ったままだった先生が口を開いた。
「腹減ってねぇかい?」
「は?」
「飯」
え、もしかして誘われてるの?ご飯?え、本当に?行くの?二人で?これから?
お腹は減ってる。けど、よく知りもしない人と(いや、ERRORの幼稚園の先生だけど)、しかも大人の男の人と二人ってどうなの?どうなの?
軽く混乱しかけてる私の代わりに答えたのは、キュルル、という可愛らしい音を立てたお腹。音は可愛くてもお腹が鳴ったって事実が全く可愛くない。慌ててお腹を抑えるけど意味はなく、バッチリ聞いていた先生はまた声を上げて笑った。
「いつもはコンビニとかで済ませるんだが、たまには飯屋に入りてェんだ。オッサン独りで行くなんて寂しいから、一緒に行ってくれねぇかい?」
「………はい、お供します」
これだけお腹を鳴らしておいてお腹が減ってないなんて言えないし、気を遣って言ってくれてるのに断るなんて出来ない。素直に頷けば、先生は「ありがとよい」って笑って信号を右折する為に車線変更をした。
マルコ先生に連れてこられたのは、物凄くおしゃれなレストランだった。普通にテレビに出ててもおかしくないレベルだ。
「こ、こ……ですか?」
「嫌かい?」
「いえ、そうじゃなくて……よ、予約とか、いらないんですか?」
それに値段とか作法とか値段とか。庶民家庭で育った私はテーブルマナーなんて知らない。ナイフとフォークは外側からって事しか知らない。ナイフなんて使い慣れてないから絶対カチャカチャ鳴らす自信がある。その前にメニュー……日本語で書いてあるのか……?英語とかだったら終わるよ?
次々に溢れる不安に気付いたのか、マルコ先生は私の肩をトンと叩いて笑った。
「知り合いがやってんだ。予約とかも必要ねぇし、リサが思うほど高くもねぇよい」
「え、そ、そうなんですか?」
知り合いがやってるとか凄い……!
おしゃれな外観からして高そうとか予約が必要そうとか色々考えちゃったけど、違うなら一安心だ。ホッと胸を撫で下ろして先生と共に店内に入れば、「いらっしゃいませ」と私たちを迎えてくれた黒髪にそばかすが特徴的なウェイターさんが軽く目を見開いた。
「うお、マルコが女連れてる!」
どうやら知り合いらしい。え、この人がオーナー……なわけないか。見るからに若いもんね。私とそんなに変わらないくらいかな。ジロジロと見られるのは好きじゃないけど、無視を決め込むことも出来ないから頑張って笑みを貼り付けながらお辞儀をすれば、そばかすのウェイターさんは「マルコにしては珍しい女だな!」なんて笑う。……バカにされた?
「煩ェよい。空いてるかい?」
「おう! 喫煙だろ?」
「いや、禁煙で」
「マルコが? 珍しいな!」
「煩ェっての。とっとと案内しろよい」
ペシンとウェイターさんの頭を叩けば、ウェイターさんは「二名様入りまーす!」って声を張り上げながら私たちをテーブルへ案内してくれた。
「悪ィな」
「いえ……」
席に着くなりマルコ先生に謝られて首を振ったけど、もしかしたら私の顔は引き攣っていたかもしれない。先生の彼女なんかじゃないのに、勝手に彼女と間違われて(絶対あの人勘違いしてた)珍しい発言されるなんて気持ちのいいものではない。けど、あの人も悪気があったようには見えなかったし、いつまでも気にしてたら連れて来てくれた先生にも悪い。
「何食べますか?」
テーブルに置いてあったメニューを広げて笑いかければ、先生は苦笑しながらメニューを覗き込んできた。きっと私の考えなんてお見通しなんだろう。ちょっとだけ近くなった距離にほんの少しばかり動揺してしまうのは仕方のない事だと思う。断っておくけど、私が先生を男の人として意識してるからではなくて、私が男の人に免疫がないからだ。
「今日のオススメはハンバーグドリアだぞ!」
水を持ってきてくれたそばかすのウェイターさんが教えてくれた。マルコ先生が「じゃあ、それ」ってメニューから離れる。私もそれにしようと思ったけど、ふと飛び込んだ写真に目を奪われた。
「オムライスでお願いします」
「はいよ! あ、酒は? 飲むか?」
色々突っ込みどころ満載なウェイターさんだと思う。店内もおしゃれな造りなのに、働く人がそれをぶち壊してる気がしてならない。でも働き慣れてるようだから、きっとずっとこんな感じなんだろう。こういう接客をすることで私みたいに緊張してる客を安心させてるのだろうか。もしそうだとしたら、ちょっと素敵だなーなんて。
「バーカ、車だから飲めねェよい。ウーロン茶。リサは飲んでも――あぁ、まだ未成年か」
ニヤリと笑うマルコ先生に思わず顔を顰めてそっぽを向く。当然だけど笑われた。
「私もウーロン茶でお願いします。未成年なので」
「ははっ、分かった! じゃあウーロン茶二つな!」
笑って頷いたウェイターさんは去ったけど、マルコ先生はまだ肩を震わせて笑っている。
「今度はお酒の飲めるお姉さんを連れて来てあげてくださいね」
そっぽを向いたままフンと鼻を鳴らして言えば、声を上げて笑った先生は両手を上げて降参だと笑った。
「悪かったよい、冗談だ」
「べつに、気にしてませんし」
いいえ、思いっ切り気にしてます。態度でそう表せば、先生は困ったように眉尻を下げて笑った。
「参ったな……機嫌直してくれよい、悪かった」
「……怒ってませんよ。……ちょっと困らせたかっただけです」
私も苦笑を返せば、先生は目を細めて笑う。こうやって目を細めて笑うと、物凄く可愛く見えるのはどうしてだろう。きっと私よりうんと歳上なのに。
「先生っていくつなんですか?」
「気になるのかい?」
「未成年な私と違って、すっごく大人に見えるので」
揶揄うようにニヤリと笑った先生にそう言い返してやれば、また楽しそうに目を細めた先生はテーブルに頬杖をつく。じっと見つめてくる先生にほんの少しだけ居心地の悪さを覚えて身を揺らせば、ふと表情を緩めた先生が「内緒」って囁いた。
「三十越えちまえば、何歳だって一緒だよい」
「そういうモンですか?」
「俺はな。リサは十八とか九とかそれくらいだろい? 若ェなぁ……さっきのエースも十九なんだよい」
「ウェイターさん?」
「そ」
あの失礼なそばかすウェイターさんはエースって言うのか。十九ってことは一つ上なんだろう。ふぅん、と頷くと視界の端にそのエースさんが入り込んだ。きっと私たちのであろうウーロン茶をトレイに載せてやって来る。
「ほい、ウーロン茶な。サッチによ、マルコが若い女連れてきたって言ったら後で顔出すってさ」
「要らねぇから出てくんなっつっとけ」
サッチさんとは誰だろうか。ストローを差してウーロン茶を飲みながら、目の前で交わされるマルコ先生とエースさんの会話に耳を傾ける。
「それにしても、マルコがロリコンだったとはな」
「「ぶふっ」」
丁度マルコ先生もウーロン茶を飲んでいたらしい。二人揃って噴き出した。「汚ェ!」なんて叫ぶけどエースさん、貴方の所為です。間違いなく。慌ててナプキンで拭っていると、同じようにスーツを拭きながらマルコ先生が眉を吊り上げた。
「アホンダラ! そんなわけねェだろうが!」
「え、違ェの? だってお前がここに女連れて来んの初めてじゃん」
「え、そうなんですか?」
思わず声を上げた私を苦い顔で見るマルコ先生。すみません、黙ります。ぶすっとした顔で拭き終えたマルコ先生はナプキンをエースさんに押し付けながら「俺が働いてるトコの子どもの姉貴だよい」と説明をする。
「あぁ、幼稚園のな……ぶふっ、マルコが幼稚園の先生……」
口を押さえて笑うエースさん。マルコ先生のこめかみに青筋が浮きだったのが見える。ハッキリ見える。
「つーことは、お前、自分が働いてるトコの子どもの姉貴に手ェだしたのか? 良いのか? それ」
「だからっ! 違ェっつってんだろうが!」
声を荒げるマルコ先生に思わず肩が跳ねた。ビックリした、怒鳴るとこ初めて見た。驚いた私に気付いたのか、ハッとこっちを見た先生はバツが悪そうな顔で頭を掻いて「すまねぇ」なんて謝ってきた。躊躇いがちに首を振れば、ふぅんなんてちっとも悪びれた様子のないエースさん。勇者ですね。
「ま、どっちでもいいや! マルコこんな頭だけど、いい奴だから!」
「よろしくな!」と私の肩を叩いて去って行ったエースさんは、もはや天才だと思った。マルコ先生を怒らせる。
初めてのお食事は驚きがいっぱいでした。
「本当すまねぇ……アイツ、今度きっちり仕付けとくからよい」
「……お手柔らかに」
額にまで青筋を浮かべてニヤリと凶悪な笑みを浮かべた先生に、思わずエースさんの身を案じてしまった私はきっと間違ってない。