「ありがとうございましたー」
買い物袋を提げて店を出ていく客の背中にお決まりの台詞をかけて一息つく。今頃、ERRORは楽しく遊んでいる事だろう。生憎、土日にバイトを入れている私は一緒にいく事は出来ない。一緒に行きたいとごねだした時は酷く罪悪感に苛まれたものだ。まぁ、一緒に行くつもりはなかったんだけど。平日の夕方以降ずっと一緒にいるんだから、正直ちょっとだけ解放されたいと思ってしまうもので。ごめんERROR。私も息抜きがしたいんだ。
折角の休みだから遊びたい気持ちは勿論あるんだけど、無駄にお金を使いたくはないし、そもそも使う金がない。だからこそこうして私はこうしてバイトに勤しんでいる。結果的にはお金を使う機会がなくて(精々、毎日の昼食くらいだ)喜ばしい事に通帳の額が毎月増えていく。素敵。
「いらっしゃいませー」
自動ドアが開く音が聞こえたと同時にお決まりの文句を口にすれば(もう条件反射のようになっている)、戸口に立つ人物とパチリと目が合う。あれ、この人何処かで見たことある。あの髪型とあの顔は間違えようがない。ERRORの幼稚園のマルコ先生だ。向こうも私に気づいたのか、一瞬だけ目を丸くしてそれからほんの少しだけ表情を和らげて会釈をしてくれた。同じように頭を下げながら思うことは、この人あんな顔も出来るんだ、という何とも失礼なものである。思うだけなら構うまい。
「ここでバイトしてんのかい」
大量の缶ビールと酒のつまみが入ったカゴがドンと置かれる。カゴからはみ出てますよ。え、これ一人で飲むの?なんて思ってた私に、マルコ先生のまさかの問いかけ。うわ、話しかけられた・・!!
「は、はい!」
慌てて答えたらちょっとだけ声が大きくて恥ずかしくなった。くつくつと笑うマルコ先生のそれが拍車をかけてくる。いきなり話しかけてくるからだもん、私悪くない。顔の熱さに心の中で舌打ちを零しながら大量のつまみと缶ビールをスキャンしていく。こんなに飲んだらアル中で死ぬと思うんだ。
「ひ、ひとりで飲むんですか?」
スキャンする手は止めないまま、好奇心を抑えきれずに問いかければ、マルコ先生は「まさか」と言って首を振った。ホッとした。
「まぁ、飲もうと思えば飲めるが」
死ぬぞ、先生。
「これから酒持ってこっち来るってダチから連絡きたんだよい。どうせ足りなくなるのは目に見えてるから、今のうちに買っとこうと思ってねい」
「へぇ、そんなに沢山来るんですか……ちょっとした宴会ですね」
「いや? 来るのは一人だけだよい」
「…………スゴイデスネ」
まさか二人でこの量を飲む気か。しかも友達も持ってくるんでしょ?え、大丈夫なの?月曜日にERRORのお迎え行ったら「マルコ先生はアル中で入院中です」なんて話を聞くんじゃないか?あの壊滅的に似合わないジャージ姿をもう見れなくなるのか……それはちょっと残念だ。あの日、家に帰ってからあれはあれで可愛かもしれないとか思ったのに。似合わない制服を堂々と着てるマルコ先生がちょっと可愛いかもしれないとか思ったのに。
合計金額を告げてビールを袋に詰める。これ、何袋に分ければ良いだろうか。一番大きいサイズの袋でも軽く四袋いくと思うんだけど。でも四袋にすると重すぎてどうしようもないと思うんだけど。でも袋の数を増やしすぎても持ちづらいだろうし。
困った。困った。そんな思いが表情に出ていたのだろうか。お金を置いたマルコ先生は「袋は極力少なく頼むよい」って言い出した。
「え……あの、指が死にますけど………」
思わず本音で返せば、ぶはっと噴き出したマルコ先生。暫くの間、口に手を当てて肩を震わせて笑っていた。たっぷり時間をかけて笑い続けた先生は目の端に溜まった涙を拭って(そんなに笑うことないと思う)、元々細い目を更に細めた。
「悪ィ、随分と可愛いこと言うからよい」
「か……っ!?」
え、何処が!?可愛いこと言ったっけ!?指が死ぬって言っただけだよ!?だって紫になるよ!?血が止まるよ!?
どうしたのこの人。え、どうしたのこの人。何処かずれてるのか?だからあのジャージ姿でも堂々としてられるのか?
呆然としてる私に先生はビールを指して「車だから大丈夫だよい」ってまた笑った。あ、車ね。車。そうだよね、決まってるよね。まさか家まで持って帰るわけないもんね。やだな私ってば。バカじゃん。
「………すみませんでした」
あんなこと言った自分が物凄く恥ずかしくなった。
急いで袋に詰めていると(ご要望通り四袋に無理やり詰め込んでやる)、先生は「そう言えば」なんて首を傾げる。
「今日は遊園地じゃなかったのかい?」
「あぁ、ERRORは親と行ってますよ。私はバイトがあるので……」
「そうかい。まぁ……家族で行くって歳でもねぇしな」
「そうですね……ERRORはまだ殆ど乗れないし、私一人で乗るのもつまらないので……それに、バイトしなきゃお金ありませんしね」
「平日はERRORのお迎えして、学校も行ってるんだろい? 休みの日もバイトじゃ遊ぶ時間とか持てねぇんじゃねぇか?」
「あー……まぁ、それは慣れましたから。しょうがないです、学費もそれなりにかかりますしね。自分の必要なものくらいは自分で払わないと」
「そうか……偉いんだな」
褒められると照れる。お世辞だって分かってても照れる。漸く袋に詰め終わって会計を済ませようとすると、先生は「あ」と声を上げて何処かへ行ってしまった。すぐに戻って来たと思ったら、差し出されるパックの紅茶。
「これももらえるかい」
「あ、はい」
スキャンして袋に詰めようとすると、先生は「あぁ、それはいらねぇよい」なんて訳の分からない事を口にした。
「は?」
「やる」
「へ?」
「頑張れよい」
優しく微笑んだマルコ先生に心臓が跳ねたのは……気の所為だ。うん。
お礼を言って会計を済ませると、先生はとんでもなく重いであろうビールとつまみたっぷりの袋を軽々と持って店を出て行った。
「ありがとうございました!」
私の声に顔だけ振り返った先生は、一瞬だけ表情を和らげるとすぐに行ってしまった。姿が見えなくなると、私の視線は自然とレジ台にぽつんと残されたパックの紅茶。人気のアップルティー。
夜、仕事が終わって家に帰るとERRORは既に夢の中だった。私のご飯の仕度をしてくれたお母さんと向かい合って座る。一週間ぶりのお母さんの料理を食べ終えてアップルティーを飲み始めると、お母さんは目を丸くしながら首を傾げた。
「あれ、紅茶嫌いじゃなかったっけ?」
「うん、嫌い」
「何それ、じゃあ何で買ったの」
「買ってないよ。好きじゃないけど、もらっちゃったんだもん」
飲まないと失礼だ。不味いと思いながら飲むのも失礼だとは思うけど、まぁそこは仕方ない。
「んー、でも何か……」
「ん?」
「………アップルティーってこんな味だったっけ?」
初めて紅茶が美味しく思えた日。
明日はアップルティーを買ってみようかな、なんて。