リィシャがうざい。ここ最近のリサの口癖だ。
一体どんな説得をしたのか、リサが部屋から出てくるようになった。毎日、朝昼晩とリィシャがリサの部屋を押しかけて連れ出しているその光景は、リサとリィシャが一緒に風呂に入った日から一ヶ月経った今でも続いている。
「一々来なくていい!! 食堂くらい一人で行ける!」
「私がリサさんと一緒に行きたいんです」
「私は行きたくない!」
ぎゃーぎゃー喚きながらもリィシャの細腕を振り払おうとしないリサに、周りの面々は皆微笑ましい気持ちになる。何だかんだ言って仲良しじゃないか――そう笑いながら肩を組んだサッチの顔面には、問答無用の裏拳がお見舞いされた。
「そんなんじゃない! だって私が振り払ったら怪我するから! だからっ!」
「私の心配してくれてるんですよね。リサさんの優しさが嬉しいです」
「だからっ、ちがっ、――あぁ! もうっ!!」
頭をぐしゃぐしゃと掻き回してしゃがみ込むリサの背中をトントンと叩いてあやすリィシャは、何と言うか強者だ。誰だ弱いなんて言った奴は。あそこで蹲ってるリサだ。きっと弱いなんて言ってしまった事を物凄く後悔してるはずだ。
”私はちっとも弱くないので、これからリサさんと仲良くなる為に頑張ることにします”
そう言って笑ったリィシャが甦る。
もともと努力家のリィシャだ。他のクルー達に対してそうしたように、今は全力でリサに向かい合っている。リサからすれば迷惑極まりないことなのだろう。けれど口を挟む者は誰もいない。
今回のことでハルタ達も反省した。甘やかすばかりではいけないと。妹の為を思うのなら、多少の厳しさも必要なのだと。
「そういうことだよ、リサ。頑張れ」
「何をどう頑張ればいいの! もう本当やだ! 何なのこいつ意味分かんない!」
「大丈夫ですよ、分かるまで傍にいますから」
「ほんっと勘弁して!!」
頭を抱えて蹲るリサに笑いかけるリィシャの笑顔はいきいきしている。
エリザから聞いた話によると、最近リサの嫌がる顔を見るのが楽しくて仕方ないだとか。自分と似たような匂いを嗅ぎ取ったのはハルタだったか、イゾウだったか。
「リサ! リィシャ! こっちだこっち! 一緒に飯食おう!!」
食堂に着けば、すぐに誘いの声が飛んでくる。リサが返事をするより早くリィシャがはーいと返事をしてリサを引きずっていく。リサの意思はどこへ行った。もう抵抗する気力も失せたらしいリサは、先程より僅かばかり顔を強張らせながら席に着いた。
その一角だけ、ほんの少しばかり空気がぎこちない。それも仕方のないことだ。ハルタは溜息を一つ落として自らも席に着く。
あの日、リィシャと和解――そう呼ぶには強引過ぎてはいたけれど――した後、リサは件のクルー達とも会った。連れて行かれた。リィシャに。
”仲直り、しましょう。それで、最初からやり直すんです。私も、リサさんも、皆も”
笑って水に流せるほど、受けた傷は小さくないから。誰もが傷ついた。けれどそのままにしておく事だけは、したくないから。
分かっていた。リサだって、リィシャだって、彼らだって。皆ちゃんと分かっていた。ただ踏み出す勇気が持てなかっただけ。
殴ってくれ。言い分も聞かずにリサを傷付けた彼らはそう言った。けれどリサはしなかった。出来るはずもなかった。何せ左肩はまだ痛かったし、右腕だって吊ったままだ。足だって痛い。でも、それだけが理由じゃない。
だって彼らはリサと同じ姿だった。頭に包帯を巻き、右腕を吊り、足だって引きずっているのを見た。動きを見るに左肩も痛いのだろう。リサと全く同じ怪我を負った彼らを殴ることなんか出来るはずもない。それをした人物が誰なのかも容易に想像出来てしまったから、尚更に。
何か言わなければとリサが口を開いて、けれど何も出てこなくて。彼らも謝罪する以外何も言えなくて。リィシャはそんな双方を交互に見てこっそり溜息。誰が原因だ。リサがじとりと睨み付けたけれど、それさえも受け流して溜息。
”お前ら、一緒に飯食ってこい”
そんな状況に耐えかねて口を開いたのは白ひげだった。飯? グラグラと笑う父を振り返り誰もが首を傾げる。
”しっかり飯食って、酒でも飲んじまえば嫌なことは忘れちまうだろうよ”
父からのありがたい助言を頼りに一同は食堂へと向かった。
サッチ達の美味しい料理を腹に収めて、白ひげの言う通り酒を飲んで。ほろ酔い気分になったところで、彼らは漸く話をした。
たくさん話をした。たくさん、たくさん。今まで話さなかったことも、全部。
知らなかったことを知って。思ってることを言って。
また謝って。謝って。謝って。そして漸く、リサ達は笑った。笑い合った。
また笑い合えたことに喜んで、少しだけ泣いて。けれどそれを傍観していた周りの方が泣いて。わんわん泣いて。
グラグラ笑う父の元に集まって、皆で泣いた。
仕方のねぇガキ共だと笑う白ひげの目尻にきらりと光るものを見た者は、おそらくそう多くはないはずだ。
食べて、飲んで、謝って、泣いて、笑って。
けれど彼らは翌日にはまたぎこちなかった。酒の力を借りないとまだ少し気まずいらしい。それも時間の問題だろうと考えるハルタは、視線の先で彼らとぎこちなく話をするリサを眺めた。
「どうだ?」
「見た通りだよ」
隣にやって来たイゾウに肩を竦めれば、向い合ってぎこちなく笑う彼らを見たイゾウが「見合いか」と呆れた声を出す。
見合い。言い得て妙だ。自分の好きなものを教え合っている彼らは確かにそう見える。
「何かもっとこう、きっかけがあれば良いんだけどな」
イゾウが溜息を落としたその時、船中に響き渡る鐘の音。
緊急を告げるそれは、敵船を発見した時に鳴り響く。ハルタは顔を輝かせた。
「敵襲だ!!」
あちこちで弾んだ声が上がり、急いで料理を掻っ込む。食べ終えた者達から順に食堂を飛び出していくのだ。リサ達も例外ではない。急いで料理を口に詰め込み、水で流し込み。
「行くぞ!!」
「おぉ!!」
「怪我しちゃ駄目ですからね」
行ってらっしゃい。そう言って笑うリィシャに、この時ばかりは機嫌が良いリサも笑って。
「さっさと詰め所に戻んな」
「私の心配してくれるんですか?」
「万が一アンタが捕まったら面倒でしょ」
「大丈夫。リサさん達が助けてくれるから」
ね、と笑うリィシャにリサが面食らったような顔をして。
嫌そうに歪めた顔を背けて、当たり前だろ、と一言。
「イゾウさん、どうしましょう」
リサ達を見送ったリィシャがのんびり食事を続けるイゾウに呟いた。
「リサさんが可愛くてしょうがないんですが」
必死に距離をとって威嚇するところも、何だかんだ言ってリィシャの言う通りにしてくれるところも、大事にしてくれるところも。もう姿の見えない廊下をうっとり見つめるリィシャに、ハルタは「あれ、嫌いってどういう意味だっけ」と首を傾げそうになる。
「何だ、お前らまだここにいたのかい」
食堂にやって来たマルコに行かないのかと問われ、そっちはどうなのと聞き返せばあとで行くとの返事。欠伸をするマルコの隈も大分薄れていた。最初の頃はほぼ徹夜でリサから愚痴を聞かされていたらしいが、最近ではその時間も短くなっているらしい。隊長であるハルタではなく、マルコに。特別な理由はない。ハルタがマルコに押し付けたからだ。
ただ、ハルタ以上に責任を感じていたマルコにとってはその方が良かったのだろう。面倒だから押し付けただけだったが、自分を思いやってくれたのだと勘違いしたらしいマルコに礼を言われた。少しだけ良心が痛んだので本当の理由はこれからも隠しておくことにする。何事も平和が一番だ。
「リィシャ、さっさと詰め所に行っとけ」
「はい。じゃあ失礼します。隊長達も気を付けてくださいね」
ぺこりとお辞儀をして早足で去っていくリィシャを見送り、どうだとイゾウがマルコに尋ねる。
「どうって?」
「リサだよ。まだ部屋に通ってんだろ」
頑張るねぇ、お前も。笑うイゾウにマルコは肩を竦めるだけ。
「リィシャがうざい、だと」
「いつも通りだね」
「まぁ……どこまで本心か分かんねぇけどな」
そう言って笑うマルコにイゾウもハルタも笑う。
弱いと思っていたけど、本当は強くて。男に媚びを売るだけの女でもない。リサがどんなに拒絶しようと向かってくる姿に、リサも思うところがあるのだろう。最初は嫌だ嫌だと叫ぶばかりだったけれど、ここ最近ではちゃんとリィシャと接する機会も増えている。
彼らとも、まだ少しぎこちないけれどそれなりに上手くやっている。完全に吹っ切れたわけではないらしいが、それでも以前に比べれば良くなっているのだと分かる。互いに互いを知ろうとしている最中だ。結論を出すにはまだ早い。
「雨降って地固まる、か」
今はまだ完全に固まってはいないけれど。それも時間の問題だ。
満足気に微笑むイゾウにハルタもマルコも笑って。
「めでたしめでたし、だな」
「どうせすぐにまた何か起きるだろうけどね」
だって、リサだもん。
隊員をよく知っている隊長の言葉に、マルコもイゾウも声を上げて笑った。