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「どうだった?」

マルコが甲板に出るとすぐにハルタが問いかけてきた。それに首を振ってみせれば「そう」と落胆の色を隠しもせずにハルタが溜息を零す。

「もう一週間だよ。このままじゃ駄目だ」
「あぁ……」

深刻なハルタの声にマルコは頷いて肩を落とした。
つい先程の部屋でのリサの様子が焼き付いて離れてくれない。いらないなんて、そんな事誰も思ってなんかいないのに。勝気なリサがあんなにも追い詰められて苦しんでいるのに、何もしてやれないという事実が苦しくて。
元はといえば全て自分の所為なのに――マルコは溜息を落として顔を覆った。一体どうすれば彼女の心を救ってやる事が出来るだろうか。傷付く原因を生んでしまった自分が、一体何をしてやれるだろうか。

「イゾウがね、言ったんだって」
「……?」
「”お前も悪い”って」

こちらを見ないままハルタが告げた言葉にマルコは息を呑んだ。それと同時にリサがあんなに追い詰められていた理由を理解する。あぁ、そうか。イゾウは言ってしまったのか。

「”文句は聞かねぇ”ってさ。アイツも不器用だよね」
「……アイツは間違っちゃいねぇさ」

分かっている。マルコだってハルタだって分かっているのだ。ただ、それを認めたくないだけ。これ以上傷付けまいとその事実から逃げていただけ。甘やかしていただけだ。そういう意味ではマルコもハルタも加害者なのだろう。

もっと違う道があったはずだ。
最初から――リィシャが乗船する事が決まったその時から、マルコにもハルタにも出来る事があったはずだ。
リサがリィシャを嫌だと言ったその時に、リサがリィシャを避けていたその時に。何もマルコとハルタに限った事ではない、リサがリィシャに対してどんな感情を持っていたのか気付いていた者達全員に言える事でもある。

このままで良いと思ってしまった。
諸手を挙げて受け入れられる状態ではなかったが、それでもそれなりに形になっていたから。
けれどそれはリィシャの気持ちを蔑ろにしていた。リサの事だけを考えてしまっていた。

あぁ、そうか。ハルタとマルコは拳を握りしめて言葉を噤む。
自分達も同じだ。ただ選んだのがリィシャではなくリサだっただけ。

不意に風を切る音が聞こえた。次の瞬間には頬に衝撃が走りマルコの身体は甲板の中程まで吹っ飛ぶ。打ち付けた背中の痛みと頬の痛みが同時に押し寄せてきて顔を顰めるマルコの耳に「何やってんだ!?」と驚く兄弟達の声が飛び込んでくるが、それに答える余裕などマルコにはない。
口端から垂れる血を手の甲で拭い立ち上がると、無表情でこちらにやって来たハルタの頬にも同じように拳をお見舞いしてやった。一際大きくなる喧騒。誰かが「隊長呼んで来い!」と叫んでいるのが聞こえたような気がした。

「救えないね」

仰向けに寝転んだままのハルタが嘲るように嗤う。

「本当にな」

拳を振りかぶった自分も、きっと同じ顔をしているのだろう。
慌てた様子で飛び出してきたビスタとジョズに止められるまで、マルコとハルタは互いを殴り続けた。



「ったく、救いようがねぇな!!」

馬鹿に付ける薬が欲しいもんだと吐き捨てながら、ドクターがマルコとハルタの頭に拳骨を落とす。同時に上がった悲鳴に鼻を鳴らす彼はどうやら相当ご立腹のようだ。マルコとハルタはそっと視線を交わし、バツの悪い顔で黙り込む。
ビスタとジョズによって取り押さえられて担ぎ込まれた医務室。互いに両頬が大きく腫れ上がり原型を留めていない。能力で治すことを良しとしなかったマルコの顔にもハルタと同じく真っ白なガーゼが貼り付けられている。

「一体何があったの?」

心配そうに覗きこんでくるエリザに、けれどマルコもハルタも答えない。答えられない。
黙り込む二人を交互に見て溜息を落としたエリザは、助けを求めて二人を担ぎ込んできたビスタとジョズを見上げる。二人は顔を見合わせ、マルコとハルタへ視線を送ってから苦笑を浮かべた。

「まぁ、色々あるんだろうよ」
「考えるより先に手が出ちまうんだ」

海賊だからな、と続けたジョズの顔面に何かが激突した。カルテだ。

「馬鹿だからだろうが。海賊言い訳にしてんじゃねぇよクソガキ」

吐き捨てるドクターに何かを言い返そうとしたジョズは、けれど言っても無駄だと悟ったのか不満を押し込めて「すまん」と呟く。そんなジョズに心の内で「すまん」と謝りながらマルコは立ち上がった。

「マルコ?」
「ちょっと行ってくるよい」
「待った。俺が行く」

ここは自分が行くべきだと主張するハルタに、けれどマルコも譲れない。あんなリサを見てしまったのだ、自分が行くべきだ。だと言うのにハルタは自分がリサの隊長である事を主張する。

「俺が行くよい」
「いーや、俺だね」

俺が。俺が。呆れ果てるビスタたちの視線などお構いなしに主張を続ける二人を止めたのは、

「私が行きます」

いつの間にかそこに立っていたリィシャだった。