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こうして部屋に篭るようになってから何日経っただろうか。
見聞色の覇気とは何とも素晴らしいものだと、リサは自身が身に付けたそれにとても感謝していた。敵を前にしたその時以外には必要のない力だと思っていたのに。この船にいる間は絶対に必要としないものだと思っていたのに。
家族から逃げる為に気配を探る自分に嗤った。

部屋から少し離れた手洗い場で用を足し、家族の気配を探りながら誰とも会わない通路を通って部屋へ戻っていく。日が経つごとに痛みは少しずつ和らいでいるというのに、何故だろうか。彼らに会いたくないという気持ちが増えていく。

「で、お前さんはいつまでそうしてるつもりだ?」

マルコとハルタ以外では初めて食事を運んできたイゾウの問いかけに答える言葉など、持ち合わせてはいない。視線を合わせないまま口を噤むリサに、イゾウは呆れたように溜息を漏らしてトレイを机に置いた。
そのまますぐに出て行ってくれれば良いのに、何を考えたかイゾウはドアに寄りかかりリサからの返事を待っている。

「――出てって」
「お前が答えたらな」
「私に言うことなんか無い」
「ずっとこのまま部屋に閉じ篭もってるって?」

煩い。心の内で吐き捨ててリサは固く目を瞑る。このままじゃいけない事くらい、自分が一番良く分かっている。分かっているに決まってるではないか。それでも。

怖いのだ。
またあんな目で見られるんじゃないか、また殴られるんじゃないか、責められるんじゃないか――吊るされたままの右腕を見下ろして奥歯を噛みしめた。怖いに、決まってる。

家族だと思っていたのに。
数日前までは何度か謝罪に来ていた者達もいた。扉越しに聞こえた躊躇いがちな声にすら恐怖を覚えてしまった自分が、会えるわけないではないか。頭から布団を被って声を遮断し、震える身体を抱きしめる。情けないほど弱くなってしまった自分に吐き気を覚えた。

「働きもせずタダ飯食らって毎日部屋でおねんねか? いいご身分だな」
「………」
「どうしても無理だってんなら、下りたらどうだ?」

吐き捨てられた言葉に、沈黙していたリサは弾かれたように顔を上げた。真っ直ぐこちらを見据えるイゾウの目には温かさなど欠片も無い。

「正直、邪魔だ」
「っ、」

何だよ、それ。震える声で呟いて拳を握りこむ。無意識に右手でもやってしまい、ズキンと走った痛みに顔を歪めた。その間もイゾウからの視線はこちらに向いたままだ。居心地が悪い。何で、何でそんなこと言われなければならない?

「私が、悪いの」
「今はな」
「っ、じゃあ! イゾウならどうした!? 一方的に悪いって決めつけられてボコられて! 家族だと思ってたのに!!」
「仕方ねぇ話だ」
「何がだよ!!」

袂から煙管を取り出して火を点けるイゾウが憎らしくて。
こんなにも取り乱している自分が悔しくて。
煙を吐き出したイゾウは再び視線をリサに向けた。悟ったような顔で、まるで分からず屋の子どもを見るように。

「お前より、リィシャの方があいつらにとって『家族』だった」
「、」
「それだけの話だろ」

お前は努力したか?
あいつらに信頼してもらえるように頑張ったか?

追い打ちをかけるようにイゾウが言葉を重ねていく。的確に心に突き刺さる言葉を選ぶイゾウの容赦の無さに、けれどリサは反論する事は出来なかった。
努力――していた、つもりだ。家族として、信頼関係を築いていた、つもりだった。

「お前よりリィシャの方が努力した。今回の事はその結果だ。勿論、お前の話もリィシャの話もまともに聞かずに暴走したあいつらはどうしようもねぇアホンダラだけどな」
「………」
「暴走しちまうくらい、あいつらがリィシャを大切に思っていた――そういう事だろ?」
「……だから私の事は大事じゃなかったって?」

別に仲が悪いわけじゃなかった。特別仲が良かったわけではないが、共に訓練をした事もあったし、隣の席でご飯を食べた事だってあった。宴会の時には一緒に酒を酌み交わしたし、肩を組んで踊った事だってあった。
その過去達が全て泡のように消えてしまうほど――そんなにも、彼らはリィシャという女に惚れ込んでしまっていた。そういう事だろうか。
それとも、ただ彼らの中のリサという存在が、その程度の取るに足らない存在だったという事なのだろうか。

「………出てって」

お願いだから、出てって。
重ねて懇願すれば、イゾウは嘆息を漏らして戸を開けた。

「あいつらは悪い。それは皆――あいつら自身でさえ認めてる。けど、悪いのはあいつらだけか?」

よく考えろ。そう言ってイゾウは去っていった。
薄暗い部屋に残されたリサは食事に手を付ける事も出来ずに、逃げるように布団に潜り込む。

「、んだよ……それ」

私が悪いのか?
私が?
穏便に済ませようとしただけなのに。
話しかけて来たのはリィシャの方なのに。
勝手に勘違いして殴りかかって来たのはあいつらなのに。
どうして。
どうして、私が。

私は努力したじゃないか。
リィシャに近付かないようにした。
ずっと我慢し続けた。
それなのに、何で。

「………イゾウだって、リィシャが良いんだろ」

痛みは和らいできたはずだったのに、身体中に残る傷という傷が疼きだす。ズキズキと訴える痛みに歯を食いしばり、リサは固く目を瞑った。
じわりと滲んだ何かが枕に染みこんで消えた。




どれくらい経っただろうか。目を覚ましたリサがもぞもぞと動いて布団から顔を出すと、すっかり冷め切った食事が机の上に置かれていた。食料を無駄にするなんて、あってはならない事なのに食欲が湧かない。
さっきまでは窓の外から射し込んでいた光が部屋を照らしていたのに、今はもうすっかり暗くなっている。そんなに長い時間眠っていたのだろうか。

先程のイゾウの言葉から逃げるように眠ったというのに、目を覚ました途端、逃がさないとばかりに言葉達が蘇ってくる。明かりを消し去った部屋の中、リサはベッドの上で膝を抱えていた。

「ふざけんな、ふざけんな、ふざけんな――!!」

苛々する。
悔しい。
畜生。
何で。
どうして。

次から次へと沸き起こるのは怒りの感情ばかり。

何で。
どうして私が。
そんなの、おかしい。

思い付く限りの悪態を吐き捨て続けているが、どうやらこの怒りは収まりそうにない。

コンコン。不意にノックの音が飛び込んだ。

「リサ、入るぞい」
「煩い! あっち行け!!」

怒りのままに叫んでも、扉の向こうに立つ男には通用しない。
扉を開けたマルコは灯り一つない暗い室内に眉を顰め、ベッドの上に座るリサの元へと歩み寄った。

「リサ」
「煩い! 出てけよ!!」
「もう気が済んだだろうが」
「煩い!! 出てけって行ってんだろ!!」

宥めようとするその態度も、諭すような口調も、何もかもが腹立たしい。

出て行け!
出て行けよ!!

マルコが口を開くたびにがなり声を上げた。咽せたって構わない。
視界から消えて欲しかった。自分のテリトリーから消えて欲しかった。

「リサ」

語気を強めたマルコもまた、苛ついているのだろう。
毎回こんな様子ではまともに話をすることすら出来ないのだから。
それでも、聞きたくない。彼らを擁護する言葉なんて。リサを責める言葉なんて。聞きたいわけがない。

「なぁ、リサ。アイツらも反省してるんだよい」
「反省?」

ハッ、と笑い飛ばすリサに、けれどマルコは根気よく説得を試みる。
結果など分かりきっているというのに、だ。

「反省もクソもないでしょ、アイツらは私が嫌いで、消えれば良いと思ってる」
「んなこたァ思ってねぇ。リサ、ちゃんとアイツらと話を――」
「どうせ私が悪いって言うんでしょう!!? そんな奴らとどうやって話せって言うんだ!!」
「リサ!」
「出てってよ!! 出てけ! 消えろ!!!」


――お前らなんか、顔も見たくない!!


静まり返った部屋に、リサの荒い呼吸の音だけが広がる。
何度も咽せた所為で口から漏れ出る喘鳴にすら怒りがこみ上げてくる。

消えろ。
消えてくれ。
頼むから、消えてくれ。

痛む喉を押さえつけながら固く目を閉じたリサを無言のまま見下ろしたマルコは、やがて踵を返して部屋を出て行った。

「、は、はは……」

頼むから、もう来ないでくれよ。
消えてくれ。
私の世界から、消えてくれ。


どうせ、『そっち』の世界には私は存在しないんでしょう?


ぽたり。シーツに染み込んだのは、ただの汗か唾液だ。
涙なんかじゃない。涙であるはずがない。絶対に。