満身創痍の妹を追って船室へ続く扉を潜ったマルコは、数メートル先の角を曲がったところで目的の人物を発見した。壁に背を預ける形で座り込んだ彼女は、痛む足を憎々しげに睨み付けていた。
「こんな時に来ないで」
足音や気配で気付いていたのだろう、驚いた素振りを見せなかったリサは決してマルコを見ようとはせず、思うように動かない足首を睨み続けている。元より意地っ張りな性格である妹は、今回の件で拍車がかかったかのようだ。その原因が自分であることを理解してしまっているマルコからすれば、目の前で意地を張る妹を見るのは中々に堪える。
「手」
「?」
「部屋まで送る」
だから手を出せ。傍らに屈み込んで手を差し出したマルコに与えられたのは、妹の細い手ではなく「いらない」という刺々しい返答だった。
「一人で行ける」
「立てねぇくせに何言ってんだ」
本来ならばもう一度医務室に連れて行くべきなのだろう。船医の腕を疑うわけではないが、立てないほどに痛んでいるのだ。もしかしたら悪化してしまったのかもしれない。
けれど、医務室にはリィシャがいる。今のリサをリィシャと同じ空間に置けるはずがない。
「行かないからね」
マルコの考えを読んだかのように吐き捨てたリサの顔はぞっとするほど無表情だった。感情がすとんと抜け落ちたかのようなその表情に、ずっと痛みを訴え続けている胸が更に軋む。いっそ、責めてくれれば楽になれるかもしれないのに。
「部屋、行くぞい」
返事を待たずに抱き上げてみれば、女にしては大柄な妹の身体は見た目よりも華奢で軽かった。身長の所為だろうか、もっとがっちりしていると思ったし、もっと重いと思っていた。
「っ、」
痛みに顔を歪めるリサに気付かないふりをして部屋へ向かって足を進めながら、マルコはこっそり腕の中の妹を盗み見た。視線を落としたまま一度も目を合わせようとしない彼女の頬には大きなガーゼが当てられている。未だ腫れの残る口端は赤黒く、瞼の上も切れたのだろう、小さなガーゼが貼ってある。顔の半分がガーゼの白で覆われている彼女の頭には包帯が巻かれていて、それを家族がやったのだと思うとやるせない気持ちでいっぱいになった。
襲撃の時だって、彼女がこんなに怪我をすることはなかった。
今まで一度も見たことがないのだ、彼女がこんなに沢山の傷を負った姿を。
それをしたのが、彼女の家族だなんて。
「…………すまねぇ」
無意識にこぼれ落ちた謝罪の言葉が嫌に響いて。
けれど、腕の中で俯き口を閉ざしたままの妹がそれを受け取ってくれることはなかった。
リサの部屋に着きベッドの上にそっと下ろしてやると、彼女はそのままゴロンと横になってマルコに背を向けた。出て行けということだろう。今まで小さく見えたことなどないその背中は、この時だけはどんなに小柄な女のそれよりも小さく頼りなく見えた。
「……何かあったら、呼んでくれ」
連絡用にとポケットに入れておいた子電伝虫を机に置いて部屋の外へと向かう。戸を潜ろうとした所で背後から聞こえた呼び止める声に足を止めて振り返れば、相変わらずこちらに背を向けたままのリサが小さな小さな声で謝罪の言葉を口にした。
「……言っといて」
誰に、とは言わなかった。けれど答えなどすぐに出る。考えるまでもない。
あまりにも簡単に特定出来たその人物が脳裏に浮かんで、目の前で背中を向けるリサの背中があまりにも頼りなく見えて。
無性に泣きたくなった。