「へぇ、そりゃまた随分と身勝手なことをしてくれたんだね」
静まり返った甲板に響いたのは、場違いなほど軽快な声だった。
無邪気なその声に、けれど甲板にいた者たちはギクリと肩を強ばらせる。
正座をしているクルーたちも、マルコも、イゾウでさえも。
「自分を嫌ってるって知ってるくせにわざわざ近寄るなんて、リィシャってばとんでもないマゾだね」
それとも頭がおかしいのかな?
ニコニコと楽しげに笑いながら、ハルタはマルコたちの元へと向かう。
クルーたちの間を通り過ぎるたびに、大袈裟に身体を震わせるクルーたちの顔は、もはや色を失っている。
自分たちよりも小柄な彼への恐怖で震える身体に、イゾウとマルコは内心でこっそりと溜息を零した。
「そっちはどうだったんだ?」
敢えてリサの名を出さないのは、ほんの僅かばかりハルタへ恐怖心を抱いてしまったからだろうか。
問いかけたイゾウに、ハルタはにこにこと常と変わらぬ笑みを浮かべながら一つ頷いた。
「右腕に包帯が巻いてあったなぁ。左肩も怪我してるみたいだ。あちこち痣だらけだし、多分足も怪我してるんじゃないかな」
おかしいよねぇ。ハルタは笑う。
「ここ最近、襲撃なんてなかったのにね。今日は訓練だって無かったのに、一体どこであんな風になったんだか」
おかしいよねぇ。ハルタは笑う。
「誰がやったんだろうね? きっと血も涙もない非道な奴だよね、あんなんでも女なのに」
おかしいよねぇ。ハルタは笑う。
「犯人が見当たらないんだ。この船で負ったってことは侵入者がいるってことだろう? 一通り探してみたけど、どこにもいないんだ」
おかしいよねぇ。ハルタは笑う。
「まるで、この船の誰かに襲われたみたいじゃないか」
まずい。瞬時に悟り、マルコとイゾウは口元を引き攣らせた。
これは相当怒っている。自分たちの比ではない。
ハルタが怒っている。
リサを傷つけた奴らに。
リサを傷付ける原因を作った奴に。
彼らもまた、理解したのだろう。
屈強な体躯を縮こませてガタガタと震えるその様は、日頃であれば「情けねぇ!!」と文字通り一蹴するほどのものであるが、今この状況でそれは出来ない。
余計なことはしない方がいい。
視線を一瞬だけ交差させたマルコとイゾウは、僅かに頷くとすぐそこにある空樽のごとく口を噤み気配を絶った。
「ここにいる皆は状況は正確に判断出来たんだよね?」
そんなマルコとイゾウの努力をものの数秒で水の泡にしてくださったハルタに、二人はぎこちなく頷いた。
ふぅん。笑みを深めたハルタに、この場から逃げた方が良いのではないかと考え始めたその時だ。
「す、すまねぇ……!!!」
「俺たちが悪かった………!!!」
正座をしていたクルーたちが一斉に甲板に頭を擦りつけて叫んだ。
口々に叫ぶものだから上手く聞き取れないが、どうやら謝罪しているらしい。
「あははっ、やだなぁ」
楽しげなハルタの声にピタリと音が止む。
「誰に謝ってんの?」
すぐそこに置いてあった空樽が大きな音を上げて大破した。
いつの間にか腰に携えていた剣を抜いていたハルタが、それをひと振りして木屑を振り払う。
クルーたちは息を飲んだ。
自分たちを見下ろすハルタのその目が、まるでゴミを見るようなものだったからだ。
口元だけが笑みを作っているのが更に恐ろしい。
それだけのことを、自分たちはしてしまったのだ。
「俺に謝ってどうすんの? そもそも、謝って済むと思ってんの? アイツの言い分を全く聞かないで全治二週間の怪我を負わせておいて?」
馬鹿なの?
馬鹿なんだろ?
考える頭が無いんだもんね。
まるで家畜小屋にいる牛や豚だね。
青褪める彼らを冷たく見下したまま、ハルタは数回剣を振る。
「取り敢えず、全員同じ目に遭ってもらおうかな」
小さな傷ですら、赦しはしない。
「襲撃がきたら困るかもしれないけど、その時は残った奴らで出るから安心しなよ」
あぁ、最後に一つだけ。
「全治二週間以上の傷になったら、ごめんね?」
ペナルティだと思って見逃してよ。
笑顔のまま地を蹴ったハルタは、兄弟たちへ襲いかかった。
一片の容赦もなく。
一片の同情もなく。
「これでチャラにしてあげる俺って本当に優しいね」
そう思わない?
甲板に堆く積み上げられた兄弟たちの傍らで笑うハルタに、マルコとイゾウは引き攣った笑みを浮かべることしか出来なかった。