「こうして見ると、ホントに捕まっちゃった人みたいだね」
「何なら一緒に入ってみる? 素敵な気分を味わえるよ」
モビー・ディック号の最下層に位置する薄暗い牢屋に『保護』されているリサは、わざとらしく驚くハルタをじとりと睨み付けて鼻を鳴らした。
「さっきからラクヨウを誘ってあげてるのに、入りたがらないんだ」
「たりめぇだ。こっちはさっきからテメェに噛み付かれまくってんだからな」
おら、見てみろこれ。
ハルタの前にずい、と突き出された逞しい二の腕は、ラクヨウの言った通り無数の歯型がついている。あちこちで滲む赤から、どれだけ強く噛み付かれたのかが窺い知れた。
「あっははははははっ!! ホ、ホントに噛んでる……っ!」
「笑うな!!」
「もうやんないよ。何かしょっぱくて苦くて臭かった」
「テメェこの野郎! あとで覚えてろよ!!」
格子の向こうでギャーギャーと喚き立てるラクヨウからツンと顔を背けると、途端に左肩の辺りに痛みが走る。ほんの十数分前に家族であるはずの男に蹴られた箇所だ。
顔を歪めたことに気付いたのか、滲んだ涙を拭いて笑いを治めたハルタはラクヨウから鍵を受け取って格子の内側へと入って来た。
「おや、私の仲間入り? それとも、可愛いリィシャちゃんを殴って泣かせたから殴り飛ばしてみる?」
「なーに捻くれてんの。あ、元からか」
「うっさいハゲ」
「そのセリフはマルコにでも言ってあげな」
目の前に屈み込んだハルタの手が伸びてきて、リサの顎を掴んだ。
ぐい、ぐいと容赦ない力で左右に傾けられるたびに痛みが走り、リサは不機嫌にその手を振り払った。
「えーと、何だっけ? 『小さくていつも可愛い皆の人気者なリィシャに嫉妬して、暴言吐いて泣かせて、責められたら逆ギレしてリィシャをぶっ飛ばして気絶させて、皆に『説教』されて牢屋で反省させられてる最中』だっけ?」
「あぁ、合ってるよ。二割くらいはね」
アイツらは頭がいいね、理解力が抜群だ。
辛辣な皮肉を口にするリサにハルタは肩を竦めて正面に腰を下ろした。
包帯の巻かれた右腕を手に取ってトントンと指で叩けば、僅かに息を詰める音が耳に届く。
「ふぅん……」
「『全治二週間。暫くは利き手を使わねぇようにするこった。左肩も痛めてるようだから、結局はどっちも使えねぇだろうけどな』だと」
意味ありげに頷いたハルタに、ラクヨウが船医から聞いた言葉をそのまま伝える。
格子の外にいるラクヨウは気付かなかっただろうが、再度「ふぅん」と繰り返したハルタが僅かに口端を上げたのをリサは見た。
「それで? いつまでここに『保護』されてるつもり?」
「知らない。そこのアホドレッドに聞いて」
「俺だって知らねぇよ。ドレッド馬鹿にすんなアホ女」
「で、残りの八割はいつ教えてくれるの?」
ハルタの大きな目がリサを捉える。
リサは嫌そうにその目を見つめ返して、溜息を一つ零した。
「別に聞かなくたって良いでしょ」
「俺はね」
「じゃあ聞かないで」
「マルコが心配してるよ」
「知るか」
「今度は天辺がハゲるかも」
「ぶっ、それ完全にハゲじゃねぇか」
想像したのか、ガハハハと声を上げて笑うラクヨウをじとりと睨み付け、リサは再度ハルタへと視線を戻した。相変わらずこちらを見つめるその目に苦いものを覚えるのは、彼が自分の隊長であるからだろうか、それとも今まで彼に勝てたことが一度も無いからだろうか。
悔しいことに、口でも力でもハルタには一度だって勝てたことがないのだ。
「………仲良くしたいって言われた」
「へぇ、すれば良いじゃん」
「出来ると思う?」
「無理だろうね」
「だから、そう言った」
「それで?」
「泣いた」
うざかった。殺してやろうかと思った。
グッと眉根を寄せてそう続ければ、ハルタが声を上げて笑う。
膝をパシパシと叩いて笑う彼は、どうやらこの話が大層お気に召したらしい。
「いいね、面白い」
「そしたらアイツがあのノータリン共に嘘八百並べて嗾けてきた」
「それで?」
「腹が立ったからアイツぶん殴って気絶させた」
「で、そのノータリン共に『説教』されてここに『保護』されてるわけだ」
そりゃ大変だね。
笑って立ち上がったハルタをじとりと睨み付ければ、伸びてきた手がポンポンとリサの頭の上で数度跳ねた。
「ま、もう暫くはここにいなよ。ラクヨウが見張っててくれるから」
「腹減った」
「気が向いたらご飯持ってきてあげるよ」
多分マルコ辺りが持ってくるんじゃないかな
お前が持ってこいよ
やだよ、ここ好きじゃないもん
ぶん殴るぞテメェ!!
ラクヨウとハルタのやり取りを胡乱気に眺めたリサは、大きく息を吐き出して目を閉じた。
ズキズキと痛む身体が腹立たしいが、怒鳴り付けるべき相手も殴り飛ばすべき相手もここにはいない。
「じゃあね。――あぁ、ラクヨウ」
「あァん?」
「手ェ出したら殺すから」
「出すか!!」
大きく目を見開いて叫ぶラクヨウにヒラヒラと手を振って去っていくハルタの背を見送り、リサは溜息を零した。
「ったく……お前も隊長の躾くらいしっかりしやがれってんだ」
「出来ると思う?」
あの隊長の性根をどうやって変えることが出来るのか。
出来る人間がいるのなら是非とも拝んでみたいものだ。
「……オヤジに頼めば何とか、」
「『色んな奴がいて良いじゃねぇか』とか言いそうな気もするけど」
「…………」
黙り込んだラクヨウを尻目に肩を竦めれば、格子の向こうからそれはそれは大きな溜息が零れ落ちた。
「大変だね、ラクヨウ隊長も」
「今のお前にゃ言われたくねぇよ。あとはアイツらが上手くやってくれんだろ、お前は暫くの間ここで大人しくしとけ」
上手くやってくれるって、どうやって?
上手くやってくれた、その後はどうなるの?
謝罪の言葉をかけ合って、全てを水に流して和気藹々と楽しくやれるとでも?
こっちの言い分なんて何一つ聞こうとしなかった奴らなのに?
すぐそこまで出かかった言葉をグッと呑み込んで、リサは静かに目を伏せた。