最初から全て知っていた。
”は、はじめまして! リィシャです!”
緊張しながらも礼儀正しく頭を下げたリィシャを見たその瞬間に気付いた。
あぁ、こいつはリサの嫌いなタイプだなと。
男兄弟の一番下に生まれたというリサは、早くに母を亡くして男に囲まれて育ったと聞いたことがある。
遊ぶ相手も兄や兄の友人ばかりで、女の友達など殆どいなかったという彼女は、時折性別を間違えてしまいそうになるほど男勝りだ。
幼い頃から染み付いたそれを欠片も払拭することが出来ないまま、彼女は海賊となりこの船にやって来た。
そんな生い立ちのおかげで、彼女はいとも簡単に家族に溶け込んだ。この船には珍しい女の戦闘員ではあるが、妹というよりも弟と思っている兄弟も多い。
自他共に『女らしさの欠片もない、弟のような妹』である彼女だからこそ、だろうか。
「ああいう女、嫌い」
自らを売って生きている女たちを見て吐き捨てるリサを見たのはいつだっただろうか。
過去に一番隊に配属された時だったような気がする。
リサは弱い女が嫌いだった。
男に媚を売り、誘うように上目遣いをして擦り寄る女を見ると吐き気がするのだと、彼女はそう言った。
「こんな世の中だから仕方ないっていうのは分かってるけど、それでも嫌だ」
娼婦も、ただの男好きも、総じてリサにとっては嫌悪の対象だった。
女だから何だ。女だって強くなれる。心さえ強ければ良いなど、詭弁だ。
心も身体も強くなろうと何故思わない?
どうして簡単に諦めることが出来る?
差別を嫌い、対等を望むリサらしい。
無理はしすぎるなよと忠告して、女にしては高い位置にある頭を撫でてやった。
女扱いするなと怒鳴られ、妹扱いだと返してやったのはたしか彼女が乗船して半年ほど経った頃だと思う。
白ひげ海賊団のナースたちは強い。
それはリサの言うように身体的な強さは殆ど持っていなかったけれど、それでも屈強な体躯と強面の男たちに臆することなく股間に容赦ない蹴りを食らわせるくらいには逞しい女たちだ。
その中に、半年前に加わった一人のナース。
彼女はナースとしての腕は申し分なかったが、如何せん足りない部分が多すぎた。
高身長の人間ばかりが存在する白ひげ海賊団で、リィシャのように小さな人間には不便なことが多い。現にその低身長の所為で、白ひげの血圧を測ることすら満足にできないのだ。
ならば何故リィシャを受け入れたのか。
理由は二つだ。
一つは、彼女の心の強さだ。
この船で働きたいと訴える彼女の目はどこまでも真っ直ぐだった。
ただただ純粋にこの船で働きたいと願う彼女の目は、家族のそれと何ら変わりない曇りないものだった。
そしてもう一つは、リサだ。
リサがリィシャのことを良く思わないであろうことは、リィシャを一目見た時に気付いた。
だからこそ、マルコは最初からリィシャを落とすつもりでいた。
けれど、リィシャのその目を見て。
もしかしたら、と期待を抱いてしまった。
無条件に弱い女を嫌うリサが、ほんの少しでも変わってはくれないかと。
リィシャの心の強さに気付いて、ほんの少しでも考えを改めてはくれないかと。
リサの考えを否定するつもりはない。
けれど、頭ごなしに否定するのではなく、その人となりを見てから判断出来るくらいには柔軟になって欲しいと思っていたのもまた事実だ。
何より、リサの成長の為に。
男勝りだろうが他のクルーに弟と思われていようが、マルコにとっては大切な妹なのだから。
止めた方がいい。
頭の中で冷静に判断して弾き出した答えを無視して、マルコはリィシャを船に迎えた。
その結果が”コレ”か。マルコは無意識に自嘲の笑みを浮かべた。
リィシャは医務室のベッドに寝かされていた。
どうやら拳で殴り付けられたらしく、赤く腫れた左頬が痛々しい。
「マルコ隊長、ですから――」
「俺はコイツに直接聞きてぇんだよい」
自分が、自分がと頼んでもいないのに説明を始めようとするナースたちにきっぱりと言い放ち、スツールを引き寄せて腰を下ろした。
リサに暴行を加えたというクルーたちは今頃イゾウが説教しているだろうし、牢に『保護』されたというリサのもとには彼女の隊長であるハルタが行っているはずだ。
状況を見極める為に必要なのは、正確な情報だ。
怒り狂う兄弟から聞いたって意味がない。
殴られたその場にいただけのナースたちに聞いたって意味がない。
当事者である、リィシャ本人から聞かなければ。
「ん……、」
長い睫毛が震えて、ゆっくりと瞼が持ち上がる。
リィシャ!エリザが呼びかけると、リィシャは数度瞬きをして完全に目を覚ました。
「、たし……いつっ、」
「大丈夫? 気を失っていたのよ……」
状況を把握したのか、瞬きをしたリィシャはタオルの置かれた頬に手を当てて泣きそうに顔を歪めた。
リサに殴られたことを思い出しているのだろう。咳払いをすれば、漸く俺に気付いたリィシャが僅かに目を見開いた。
「、マルコたいちょ……」
「起きたばっかで悪ィが、聞かせてくれ」
「待ってください! 見たでしょう? その子は口の中を切っていて……」
「待ってやる時間が惜しい」
だから黙ってろ。言葉と共に向けられたマルコの険を帯びた視線に怯み、ナースたちが口を噤む。
「リィシャ、話してくれよい。リサと何があったのか」
「………はい……」
身体を起こしたリィシャが、静かに口を開いた。
「じつは――」