「リィシャ! どうしたの?」
医務室に戻るなり、エリザが驚いた顔で駆け寄ってきた。
いつものようにエリザを見上げたリィシャは、エリザの向こうの壁の時計が指し示す時間にハッと息を呑む。
休憩時間はとっくに終わっていた。
「ごめんなさい、あの……遅れちゃって………」
怒られてしまうだろうか。
嫌われてしまうだろうか。
不安を露に謝罪すれば、そんなことはどうでも良いのだと言ってエリザがリィシャの両頬を包み込んだ。
「どうして泣いてるの? 何かあったの?」
ねぇ、話してちょうだい?
優しく見下ろすその目に映る自分を見て、リィシャは漸く自分が泣いていることに気付いた。
何でもないです。無意識に口から溢れ出た言葉に、けれどエリザは嘘よとバッサリ切り捨てる。
「リィシャ! 大丈夫か!?」
背後で勢いよく開いた扉から大勢のクルーたちが駆け込んでくる。
口々に「何があったんだ!?」と尋ねる彼らは、きっと泣きながら廊下を歩くリィシャを目撃したり、人づてに聞いたりしてここに駆け込んできてくれたのだろう。
たった半年だというのに、彼らはこんなにも受け入れてくれている。
その事実がたまらなく嬉しくて。
同時に、先程の彼女とのやり取りが脳裏に甦る。
”ごめん、仲良く出来ない”
彼女はそう言った。
どうしてですか。私、何かリサさんにしましたか?
諦められず尋ねたリィシャに、リサは決してその目を向けようとはしない。
別に今のままで良いでしょ?
何も困ることない
アンタはアンタの、私は私の好きなように生きてりゃ良いんだから
求めた解答は得られず、拒絶の言葉だけがリサの口から零れ落ちる。
どこか苦い顔の彼女は、廊下でリィシャとばったり出会したその一瞬を置いて一度も目を合わせてくれようとはしない。
それどころか、まるで視界に入れるのも嫌だと言わんばかりに顔を背けてしまっている。
さりげなく壁に背を預けることでリィシャと真正面から向き合うことを嫌い、更に顔を背けることで完全に視界から消し去ってしまった。
そして紡がれた言葉がさっきのアレだ。
嫌われているのだと、どんなに鈍感な人間でも気付くだろう。
そして、リィシャはそれほど鈍感ではない。リサの視線に気付いてしまうくらいには鋭い人間だ。
けれど、そのリィシャをもってしてもここまで拒絶される理由が分からない。
分からないから再びリサの正面に立ち、懇願した。
自分に悪いところがあるのなら言ってくれ。
頑張って直してみせるから。
仲良くなりたいのだと。
リィシャが必死に想いの丈を紡げば紡ぐほど、リサの表情が苦々しいものに変わっていくことすら気付かずに。
「なぁ、リィシャ! 言えって!」
心からリィシャを助けたいと願うクルーたちに、リィシャは震える唇を開いた。
「っ、……き、きらい、って……」
”嫌いなの、アンタのことが”
「何だって!?」
「誰にだ!?」
「リサ、さんが……」
”悪いと思うけど、受け付けないの。どうしてもダメなの”
「リサが!?」
「アイツに何かされたのか!」
「、だ、から……っ、仲良く、出来な……っ」
”だから仲良く出来ない。したくない”
言葉を紡ぐたびにフラッシュバックする彼女からの拒絶の言葉。
こわい。どうして。何で。
仲良くなりたいだけなのに。
ただ、受け入れて欲しかっただけなのに。
生理的に受け付けない。
その一言は、リィシャの心に酷く突き刺さった。
”ナースとして腕を磨くだけでは駄目だ”
あの時のマルコの言葉が甦る。
信頼を築かなければならなかった。
それなのに、受け付けられないと言われてしまった。
相反する二つの言葉はリィシャの心に深く突き刺さり、逃がしてはくれない。
出来なかった。
マルコの言葉を達成出来なかった。
ぼろぼろと溢れ出る涙が視界を完全に覆い尽くすと、リィシャは両手に顔を埋めてその場に崩れ落ちた。
もう無理かもしれない。絶望がリィシャの心を侵食していく。
リィシャは気付かなかった。
「んだよ……それ、」
泣き崩れるリィシャを見下ろす沢山の兄たちが、その顔をリサへの怒りで歪ませたことに。