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乗船して半年。
ナースとして仕事をする傍らでリィシャが心がけたのは、クルーたちとの間に信頼関係を築くことだ。

”ナースとして腕を磨くだけでは駄目だ”

実技試験を終えた直後に『不死鳥マルコ』の異名を持つ一番隊隊長に言われた言葉がそれだ。
どんなに腕が良くたって、信頼出来ない人間に生命を預けることは出来ない。
その言葉はリィシャの心に深く深く刻み込まれた。

ずっと憧れていた白ひげ海賊団のナース。
それは自分が考えているよりも遥かに重い役職なのだと理解した。
理解して、それでも自分はこの船で働きたいのだと訴えた。

航海をするごとに最先端の技術を取り入れていく白ひげ海賊団の医療チームに入りたい。
ナースとして、世界最強の男とそのクルーたちの役に立ちたい。

何より、家族というものが欲しかった。

身内に不治の病を抱えた人間がいて、医療を学ぶ。よくある話だ。
必死に勉強して、勉強して、漸く治療法が見つかる一歩手前のところで死んだ。呆気なく死んだ。
病気が理由ではない。海軍に殺されたのだ。
故郷の島にある駐屯所の海兵たちは、近海で海賊と交戦し多くの負傷者を抱えて島へ戻って来た。
海賊を捕らえたものの、余りの負傷者の数に診療所まで海兵で埋めつくされて。

そんな時に病気が悪化した。
駆け込んだ診療所には負傷兵が溢れ返っていて、けれどその誰もがすぐさま生命に関わるようなものではなかったと記憶している。

「父さんを助けて!」

リィシャの訴えは診療所の医者には届かなかった。
届くことなく、追い出されてしまったからだ。

自分たちはこの島を海賊から護って負傷したのだ。腕から血を流した海兵はそう言った。
お前たちを護る為に負傷したのだから、治療を受けるのは自分たちが先に決まっている。足を骨折したらしい海兵はそう言った。

恩着せがましい言葉と力で診療所を追い出され、父を助けてくれと懇願している最中に彼は生命を落とした。

そんな経緯があったからだろう。
リィシャは海軍を嫌う。海賊船で働くと決めたのもそれが理由だ。
勿論、不条理に島を襲うような海賊たちに就く気はない。あくまでも、無闇に一般人に手を出さないことを貫く海賊だ。

白ひげ海賊団。それはリィシャが望む条件を全て満たしていた。
船長を父と慕いクルーを息子と愛するその関係に羨望の念を抱いた。

この船で働きたい。
強く願った船に、乗船することが決まった。

リィシャは努力を怠らなかった。
毎晩遅くまでカルテを読み込み、器具の洗浄は率先して引き受けた。
医務室の掃除だって手を抜かなかったし、信頼関係を築くために家族との時間を大切にした。

受け入れてもらいたい。
家族の一員になりたい。

そんなリィシャの想いを、同僚であるナースたちは勿論、第二の父となった白ひげも理解していた。
クルーたちも事情を知らないまでもリィシャの熱意をしっかりと感じ取っていた。

だからこそ、リィシャは船中から愛されている。


しかし、だからだろうか。
彼女の視線に気付いてしまったのは。


リサ。
ハルタが隊長を務める十二番隊の隊員。
この船には珍しい、女の戦闘員だ。

時折感じていた視線。
誰もが温かい視線を向けてくれているからこそ、その冷たい視線を無視することは出来なかった。

クルーたちとの間に信頼関係を築けば築くほど、
認められれば認められるほど、
彼女の冷めた視線はリィシャを縛り付けた。

良い感情を持たれていないのだと気付いて、けれど理由が分からない。
今まで話しかけたことなどないし、向こうから話しかけられたこともない。
リサが避けるから、関わりのない生活を送っていたのだ。

けれど、粗方のクルーたちと仲良くなって。心に余裕が出来てきて。
時折向けられる視線と、注意していれば気づいてしまうあからさまな拒絶がリィシャを焦らせていく。

どうして。どうして。どうして。

どんなに考えても理由は見当たらず、だからこそ、ならば直接話してみようと思ったのだ。
何か誤解されているのかもしれないと、薄い望みに縋って。




「あの……っ、わ、私はっ、リサさんとも仲良くなりたいんです……!!」




決死の思いで告げた。
まるで愛の告白をしているような気分だ。リィシャは緊張に顔を強ばらせ、手汗でじっとりと湿った掌をぐっと握り締めた。




「嫌いなの、アンタのことが」




だから仲良く出来ない。したくない。

私に関わらないで。私も関わらないから。




呆然と立ち尽くすリィシャの視線の先で、苦い顔をした彼女は踵を返して行ってしまった。