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彼女がナースとしてモビー・ディック号に乗船したのは、半年ほど前のことだった。

「リィシャです、よろしくお願いします!」

海賊船だからと気を抜くことなく綺麗に施された化粧、艶のある髪、華奢な体躯の割に男の夢がぎっしり詰まった豊満な胸と、思わず手を回したくなるほどの細い腰。ミニスカートから覗く太腿と、豹柄のブーツ。
絶対領域万歳!先週の宴の席で酔っ払ったサッチが涙を流しながら叫んでいたのをよく覚えている。

サッチ曰く「誰もが細身の長身、ボンキュッボンのナイスバディ、美女という幸せ三拍子」のナースたちの中に彼女は加わった。
先の島で降りたナースの代わりを探していた時に見つけたのが彼女だ。
半端者など必要ない。色香に惑わされることなく公正に判断出来るマルコとナース長のエリザが立ち会った実技試験で、彼女は中々に良い成績を残したのだと聞いている。
ナースとしての腕が申し分ないのであれば、断る理由など無い。性格云々は一緒に過ごしてみなければ分からないが、短い時間の中で問題点が見付かられなかったこともあり、彼女は新米ナースとして白ひげ海賊団の船へ乗ることが決まったのだ。

他のナースたちに引けを取らない美女であることは間違いない。愛想も良く、乗船して一ヶ月でクルーたちとも仲良くなったようだ。
あの子はいい子だ。クルーたちがこぞって誉めそやしていたのを聞いたことがあるから、性格も悪くないのだろう。
何より、彼女は目立っていた。

「ん、んん……! あと、ちょっと……!!」
「ははっ、リィシャ! 全然足りてねぇよ!」
「う、うるさーい!」

甲板で白ひげの血圧を測ろうとするリィシャに野次が飛ぶ。いつものことだ。

「ほら、こっちは私がやるから、貴方はカルテの準備をお願いね」
「はーい……」

肩を落としてトボトボと船室へ向かうリィシャに、皆が笑いながら声をかけていく。
しょうがねぇよ、だとか、お前に出来る仕事を探さねぇとな、だとか。

「グラララ! 背が足りねぇんじゃ仕方ねぇな」
「あの子ったら、もっとヒールの高いブーツを履こうかな、なんて言ってたのよ」

転ぶに決まってるのに。呆れたように笑うエリザの声には、けれど仕事を全う出来なかった彼女に対する怒りは見えない。
彼女が一生懸命やっていることは、誰もが知っているからだ。
誰もが彼女を認め、誰もが彼女を優しい眼差しで見つめている。

船長である白ひげも、
ナース長であるエリザも、
隊長たちも、クルーたちも、誰もが。

「ここ、皺寄ってるよ」

楽しげな笑い声が響き合う甲板の片隅で、ハルタは皺一つない自分の眉間にちょんと指を当てた。

「………煩い」

指摘を受けた女海賊が自らの眉間をぐりぐりと指で押し潰す。
苦々しい声、未だに皺の刻まれた眉間、ひん曲がった唇。すっかり見慣れたその表情にハルタは肩を竦めた。

「別に害は無いんだから、気にしなければ良いのに。リサってそんな神経質だったっけ?」
「害はない?」

何処がだ。吐き捨てたリサは自身の手のひらを見下ろした。

「ちょろちょろ目障りだし、」

一本。

「あの作ったような声が苛々する」

二本。

「さっきのだって、明らかに届かないって分かるでしょ? どう見たって計算じゃん」

三本。

「『私が小さいんじゃなくて、この船が大きすぎなんですよう』とか、分かってて乗ったんじゃねぇのかよ」

四本。

「何より、あの子が来てからやたらと私が『デカ女』だの『女じゃねぇよ』だの言われる。それが一番腹立つ」

五本。
指折り『害』を数え上げたリサは、握り込んだ拳をハルタの目の前へ突き出した。
拳を突き出されたハルタは、僅かに顎を引いて拳を見たあと、その向こうにあるリサの顔へと視線を移して溜息を一つ零す。

「別にリサに関係ないところで計算してぶりっこしてんなら、見なければ良いだけじゃんか」
「それは……そうだけど………」
「リサは気にしすぎなんだよ。悪いところばっか見てないで良い所も見てやりなよ。皆と仲良くなろうと頑張ってんじゃん」

それにね。黙り込んだリサにハルタは続ける。

「『デカ女』とか『女じゃねぇよ』って、前から言われてただろ?」
「ぐ……」
「最後に。ちょろちょろ目障りってのは、リィシャだからそう思うってこと? それとも、小さいからってこと?」

返答次第じゃ、こっちも色々考えがあるよ?
凄みのある笑顔を向けられたリサは、肩を落として目の前のハルタへ手を伸ばした。男のくせに肌触りのいい頬をむにゅっと摘んで眉を下げて笑う。

「ハルタをそんな風に思ったことなんかないよ」
「なら良いんだけど」

放せ。手を振り払われてリサはその場に座り込んだ。

「そりゃね、分かってるよ。分かってるけどさぁ……」
「どうすることも出来ないことで悩むなんてバカらしいよ」
「ハルタが言うと説得力あるね」
「そう言えば、さっき刀の手入れしたんだけど――」
「ごめんなさい私が悪かったです」

腰に提げた刀へ手を伸ばすハルタに慌てて謝罪し、再び溜息。
頬を撫でた心地良いそよ風が心に巣食うドロドロした感情も連れ去ってくれ――ればいいのだが、残念ながらそんなことはない。

「やな奴だなぁ、私」
「知ってる」

即座に返ってきた肯定の言葉に項垂れた。